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2005年度卒業生の羽根さんは就職後に社会福祉士の受験に挑戦し見事合格されたそうです。今回はお勤め先である藤井寺市社会福祉協議会にお伺いしてお仕事の内容や受験のエピソードなどのお話を伺いました。 |
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藤井寺市社会福祉協議会について教えて下さい。
ひとことで言うとアットホームな職場です。ワンフロアーに社会福祉協議会総務地域福祉係・地域包括支援センター・訪問介護事業所・居宅介護支援事業所が入っていて、顔を合わせながら仕事をしているので、職員同士の仲もいいんですよ。私はその中の地域包括支援センターに勤務しています。
総務地域福祉係は民生委員を初めとし、様々な団体の事務局を持っており、地域住民との距離が近い社協なので、社協が地域福祉の拠点となれるよう・困ったときに相談してもらえるような機関になれるよう、職員一同頑張っています。
具体的にどのようなお仕事なんですか?
地域包括支援センターでは年間約1000人の利用者があり、社会福祉士・保健師・主任ケアマネジャー・ケアマネジャーがチームプレイで支援しています。具体的な仕事としては、『高齢者の何でも相談所』をうたっている“総合相談支援”、成年後見制度の利用支援から振り込み詐欺や悪質な訪問販売、また金銭に問題を抱えたかたなど様々なケースに対応する“権利擁護”、また地域で要介護状態の高齢者を支援しているケアマネジャーを後方から支援している “包括的・継続的ケアマネジメント支援”、最後に、介護区分で要支援のかたや特定高齢者を支援する“介護予防ケアマネジメント”の大きく4つになります。私は社会福祉士として主に“権利擁護”の分野に取り組んでいますが、要支援の方のケアマネジャーの仕事もさせてもらっています。
とても大変なお仕事のように感じますが、なぜこの仕事を選んだんですか?
私は地元が大好きなんです。自分が生まれた町や地域で仕事がしたいとずっと思っていました。これには自分なりの理由があって、生まれたのは藤井寺なんですが、親の転勤などで名古屋や千葉に長く住んでいました。高校受験でもともと住んでいた藤井寺の家に戻ってきたとき、「やっぱり藤井寺が一番やな。ここでずっと生活したいな」と思ったんです。だから社協は藤井寺しか受験しませんでした。
また職種的にも、福祉がしたいっていう思いは中学生くらいからあったんですが、具体的に何がしたいというものがなかったんです。むしろなかったというより全部をやりたい!そう思っていました。大学でもその答えを探すために、障害の分野ではガイドヘルパーのバイトをしたり、高齢者分野では特養の夜勤で働いたり、子供では幼稚園に週に1回ボランティアに行くなどしていろいろ経験させていただいたのですが、実習で藤井寺市社協に来た時に、「地域福祉という幅広い分野で自分がやりたいことをおもいっきり出来るのはここしかないな」とおもいました。
羽根さんは卒業後に国家試験を取得されたそうですがその受験動機についてお聞かせ下さい。
私は在学中に受験を1度失敗しているのですが、包括の社会福祉士として期待されての採用だったということで、資格を持っていない自分に対して責める事もありました。その他の理由としては業務命令です(笑)
でも、やっぱり包括支援センターの社会福祉士業務をしているのに社会福祉士の資格がない、名刺に社会福祉士と書けない、他の専門職と会議を行なう際に意見を言いにくいなど様々な障害がありましたし、実際に支援させてもらっている高齢者の方に申し訳ないという気持ちもありましたので挑戦しました。
受験に際してモチベーションの維持への工夫があれば教えて下さい。
やっぱり受験する事を周りに宣言する事が一番大きいと思います。宣言してみんなに知ってもらっているだけで、プレッシャーはありますがそれ以上にモチベーションも上がりますし勉強もしやすかったです。勉強場所は職場の相談室を貸していただけたのも良かったと思います。平日の場合は定時に一度家に帰って夕食を食べてまた職場に戻って勉強する。休日は気分を変えて図書館や近くの会館などを利用する。これが毎日の生活リズムでした。
もちろん、息抜きも大切だったと思います。私の場合は趣味の釣りに出かけたりしてました。
資格を取る前と取ったあとでどんな変化がありました?
やはり仕事の幅が広がりました。受験勉強のときに知識が増えたことも大きいのですが、ケースに取り組む際に自分の引き出しが格段に増えた事を実感しています。
また思わず嬉しかった事が、ケースの中で弁護士や司法書士と仕事をする機会が増えてきたのですが、弁護士や司法書士の先生から“先生”と呼ばれる事です。「そんな先生なんてたいそうなものと違いますよ」と答えた際に「お互いに強い部分と弱い部分があって、私にないものを社会福祉士の人は持っているし、同じ国家資格やん!」といわれたとき、社会福祉士が立派な資格である事を再認識する事が出来ました。
※卒業生のためのSW・PSW国試対策講座として本サイトにも関連ページがあります。
http://www.fukkadai-dousoukai.com/course/
最後に、現在取り組んでいる活動について教えてください。
社協に入って地域の中で働くうちに、“やりたいな”と思う仕事がたくさん出来ました。その中でも『親父パーティー』という取り組みは他の地域からも注目されています。
団塊の世代が地域に帰ってくるのに対して、今までの自治会や組織に代表される縦社会だけでなく、誰もがリーダーの横社会を用意する事で、地域活動をしやすくしようという取り組みです。地域の公園が寂しい!となれば、公園を親父が変えようじゃないか!と立ち上がり、認知症の方が外出する機会が少ない!という事を知れば『認知症高齢者のアウトドアイベント』を社協とともに企画したりと次々とアイデアがわいてくる親父やオカンたちのパワーを、うまく地域につなげることは今後のまちづくりのキーワードになると考えています。この『親父パーティー』から音楽を楽しむ『NICE!藤井寺バンド』も結成されました。こちらは自主的なボランティアグループとして独立しました。
また藤井寺市では現在“認知症地域資源ネットワーク構築モデル事業”という国のモデル事業にも取り組んでいます。その精神は“NICE!藤井寺”(N認知症になっても Iいきいき暮らせる C町(CITY)って Eええやん!)というものです。
興味のある方は是非HPをのぞいてみてください。
http://www.pref.osaka.jp/fujiiderahoken/ninnchi/index.html










